FC2ブログ

人と自然が調和するまち 『郡上』 で奮闘する新米 “おばちゃん” 市議 ・ 田代はつ江の毎日

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
◆6月定例会(6月11日~28日)◆

 【一般会計、補正予算8117万6千円追加が承認されました】

 ~主な補正予算の使い道~

 ・風疹ワクチン予防接種促進事業(県2,500円、市7,580円を補助)
 ・木造住宅耐震補強工事の増に伴う補助金(5件分)482万円の増額



◆被災地へ行ってきました◆

昨年から取り組んできた東北応援の「春よこい」貯金箱は、
虹の会の会員のみなさまをはじめ多くの方の真心でいっぱいになりました。

去る7月1日、2日と虹の会代表9名で宮城県亘理郡山元町の役場を訪れ、
齋藤俊夫町長に虹の会からの義援金としてお渡しすることができました。

被災地の状況を聞くたび、言葉に言い尽くせぬ悲しみで胸がしめつけられる思いでした。
そしてあらためて、自然災害の恐ろしさをまざまざとみせつけられた二日間でした。

またテレビでみていたあのガレキの山は、私たちの想像以上にかたづき、
震災以来2年余の歳月のながれを感じずにはいられませんでした。


大震災による大津波から児童や住民ら90人の命を守った山元町立中浜小学校の校舎が、
防災教育の拠点として保存されることになったという説明とともに、
震災当日の生々しい体験を津波で破壊された校舎内でお聞きしました。


「頑丈な校舎は巨大な地震と津波に耐えた。
しかし津波が去った後、校舎は孤立。
まるで校舎が海の中に取り残されたような感じだった。

屋上の屋根裏部屋の約30畳ほどのスペースに逃げ込んだ約90人は、
肩を寄せ合い、励ましあってここで一晩を過ごさなければならなかった。

最大の危機が去ったとき、3年生の男子が『おなかすいた』のひと言。
しかし校舎はまだ海の中、完全に孤立していることを知らせなければならなかった。

この事実をきちんと知らせるのは自分しかないと校長は、

『今夜はここに泊まります。食べ物はありません。水もありません。
とても寒くなります。でも、朝まで頑張ろう。暖かい朝日は必ず昇るから』

と励まし、皆必死で生き延びようと行動した。

保存が決定となった中浜小学校は、
きっと後世に語り継がれる生きた防災教育の発信地となることでしょう」



お伝えしたいことはまだまだいっぱいありますが、紙面の都合上、
石巻で被災地を案内して下さったタクシーの運転手さんの心に残る言葉を紹介し、
いつの日かもう一度あの地を訪れたいと思いました。
その時は力強く復興の槌音が聞こえるあの町へ。

「被災地へ来てください。
そして多くの亡くなった人に手を合わせてあげて下さい」
スポンサーサイト
2013.07.22 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。